形の画竜点睛
国際沖縄空手道・無想会の東広島同好会の代表氏のブログが下記です。
「五十四歩」
実は今頃になって、ナゼ? 武士・松村こと、松村宗昆の創作・伝承した「五十四歩の形」に非常に、ビビットな垂直落下の業・技が、存在するのか? っということに思い至りました。
他の武術として伝承され他沖縄空手にも、当然の如く、重力による自由落下の概念と操作は存在します(でなければ、それは新興・那覇手か、体育・体操、スポーツ空手です)。
しかし、この五十四歩では非常にビビットに、顕著に存在するのです。
その事柄に関して、この形を武術的に再生し、伝授した私本人が、今頃になって気づくというのも、ナンだか間の抜けたハナシなのですが、事実なのですからショウがありません。
ただただ、己の武才の無さに、唖然とするだけです。
これと関連しますが・・・。
少し前に、沖縄同好会の代表氏とのやり取りで出てきた、武士・松村の形に顕著な横の演武線に関しても、他の無想会の形を対象比較してみて、思うことがありました。
私・・・。
一応、武術として伝承された沖縄空手の心身思想・操作、そして形と、その歴史を全て解き明かし、自分のモノにした心算です。
そして至った結論が・・・、
無想会空手とは、「松村の手」である。
ということです。
では、「武士・松村」こと、松村宗昆の手(技術=心身思想・操作)とは、一体なんぞや?
それは、どのようにして伝承されたのか?
その伝承の過程の証拠、またはエビデンスは、何ぞや?
っという、全てを、後に続く人間たち、弊会の会員に全て伝授していくのが、今後の私の仕事だと思っています。
ここまで、己の絵は描いた心算です。
あとは画竜点睛 (がりょうてんせい)を欠くことなく、瞳までチャンと描き切れるのか? どうか? が勝負でしょう。
例え、画竜に瞳を描いて、龍(竜)が、天空へと飛び去って行ったとしても、それはそれで、描いた人間の本望ということなのですから・・・。
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