泊手は一体どうなるの? その二

 「武術として伝承された沖縄空手の再興」を謳う、国際沖縄空手道・無想会ですが・・・。その制定形は、現在のところ七つとなっています。

 大部分が首里手の形ですが・・・。その中で一つだけ、泊手の「武士・松茂良」こと、松茂良興作が創作したと思われる「ローハイ(羅漢)」の形が加えられています。

 他に「王師の形」として「ワンカン(王武官)」、「ワンシュー(王師父)」、それに「ワンドー・ワンダウン(王套路)」の形を参考形にしていますが・・・。

 なぜ、参考形なのか?

 それは、この「王師の形」の一つである「ワンドー・ワンダウン(王套路)」の形が、長く沖縄で失伝しており、そのために近年の変革を免れた可能性が高いからです。

 すなわち近代化の波に乗り遅れてしまったが故に、昔の空手の形の面影が残っている可能性があるということです。

 そしてこの「ワンドー・ワンダウン(王套路)」の形の構成と比較してみて、近年になって体育・体操、スポーツ化、さらに簡素化されてしまった沖縄空手の「ワンカン(王武官)」、「ワンシュー(王師父)」の全貌を伺いしることが出来るからです。

 この二つのいわゆる泊手の形は、異様なまでに簡素化されし過ぎて、武術としての形の意味を為しません(以下、文責はすべて新垣清)。

 特に「ワンカン(王武官)」などは、余りにも簡素化され過ぎです。なぜなのか? の理由なども、わたくしは存じていますが、ここでは記しません。

 さらに伝承の過程で、「ワンシュー(王師父)」の形は、同じ師匠からの伝承であるはずですが・・・、弟子の一人は形の後半から最後まで。そして他の弟子たちは、形の前半で終わり(すなわち、途中で途切れる!?)っという有様で・・・。

 なお、この形は日本本土に移入される際に、「エンピ(燕飛)」と呼称されるようになっています。

 ここで、「ワンシュー(王師父)」の前半部の動作(のみ)がある流会派の形。次に「エンピ(燕飛)」っと、呼称されている形。さらに「ワンシュー(王師父)」の後半部から形の最終部まである形の、三つの動画を掲載します。ご自分の目で、ご確認してみてください。

「ワンシュー(王師父)」前半

「エンピ(燕飛)」

「ワンシュー(王師父)」後半から最後まで

 体育・体操、あるいはスポーツ化の特徴として、途切れた部分、あるいは意味の解らない部分、または意味の通らない部分は、全て飛ぶ!っというか・・・。ジャンプして形を続けよう・・・。あるいは納めようとしています。

 または、クル・クルと回転します。

 あるいは、その二つを行う。すなわち飛んで、クルっと回転します。これは「チャンナン(江南)」の形を、体育・体操、スポーツ化して「平安五段」とした時の、最後に飛ぶ動作も同様ですし・・・。他にも、多数存在します。

 なお、わたくし・新垣清の私見であると再度強調して記します・・・、

 沖縄空手の形には、途中から始まって、途中で終わるっというものが、存在していると思っています。伝承の過程での失伝などが、その理由なのでしょう。

 体育・体操、スポーツの形なら、それでOKかもしれませんが・・・。

 武術としての形を究める、極めるとする修行をするからには、形という対象の「純化」を徹底的になさなければ、武術としての修行をするに値しない形だと思っています。

 それらモロモロの武術としての形から、如何に体育・体操、スポーツ化が行われたのか? を知る上で・・・。

 さらに、形に存在する「コンテクスト」を理解すれば・・・。体育・体操、スポーツ化された形から、武術としての形を再構築することは可能なのか? などを考察する際に非常に参考になるのです。ですから弊会においては、参考形なのです。