「感性」と「反射」
森羅万象の森の中から、多大な情報を徹底的に取り込み、その中から良質な情報を選んび、重要度における順位をつけて、物事の本質に斬り込んで行け!
っと記しました。
修行というものをやってみると、分かりますが・・・。
時は、矢のように過ぎていきます。
そして、修行とはある意味、外界から離脱することです。
己の修行の経験から記しますが・・・。修行の間は、世の中から取り残されてしまうのです。
それが意図的であれ・・・。あるいは、偶発的なものであれ・・・。必ずある程度・・・、時代から置いてきぼりにされてしまいます。
なぜなら時は、時代は流れているのです。しかし修行とはある意味、立ち止まって自らを見つめなおすことなのですから・・・。
その、時代から置いてきぼりにされる可能性のある修行をする際に、情報収取のやり方を確立せずに始めてしまうと・・・。
情報を、取り損ねる。情報の、軽重を誤る。情報の活用方法を間違うなどと、さらなる(無駄な)時間を使ってしまいます。
その情報とは言語によるものが大ですし、現在においては静止画、動画などによるものも多いでしょう。
すなわち、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、皮膚感覚など)を総動員しての、情報の取り込みです。
これを簡単に言ってしまえば、「感性」です。そしてその感性で取り込んだものを前ブログで記した(笑)「条件反射」的に、自らの心身で表現することです。
さらに上記の「感性」っと「反射」は、後天的に身に着けることが出来ます。
ですから人口の大部分を占める凡人のわれわれでも、さらにわたくしのようなチャランポランな人間にも、修行を始めることが出来るのです。
でも・・・、ここまで記してナンですが・・・。
じつは、この半月ばかり記していた修行における「情報の取り込み方」は、まだ修行の入口っというか・・・。まだ、修行に入っていない段階なのです。
だって、「感性」っと「反射」なんって、「HOW to」ものの本の、キャッチ・コピー、そのものじゃないですか?!
武術としての空手の修行、武術としての空手の形の修行などとは、そんなものでは無いはずなのです。
そして、その疑問は正しいのです。
次回から、その修行の方法へ、鋭く切り込んでいきます。
0コメント