マイナス百五十年からの出発

 武術として伝承された沖縄空手の再興を果すためには、国際沖縄空手道・無想会の国内の各弟子たちが、個々に自らの道を切り開き、いわゆる開眼させる必要があります。

 当然ですが・・・。自分が「出来ない」・・・。自分が、「分かってない」ならば・・・。他人を「説得する」・・・。弊会の空手を「普及する」など・・・は、ゼッタイに不可能です。

 でも今回、関東の弟子の一人から「会員の方々は、個人差はあれ、身体操作が身 に付き、体現できてきているのがわかりますので・・・」、

 「他の人に無想会 を薦める際には、私自身も含め、確信と説得力を持って行うことが できると存じます。」っとの内容の、嬉しいメールを頂きました(事後承諾のカタチで、掲載です。承諾してね!)。

 わたくしは、自らの修行で「ナイファンチを解いた!」。「ナイファンチの形が自分のものになった!」っと開眼したあとで・・・。

 精力を傾けたのは、この武術として伝承された沖縄空手と、その形を、指導する際のシステム(体系)作りです。

 なぜなら従来の空手の練習方法は個人、道場などの組織においても、すべて西洋心身思想・操作を基本において、構築されています。

 良く、わたくしが例に使う「植林」から考えてみると・・・。「木に竹を刺して」も何も生まれません。

 近代の西洋心身思想・操作、すなわち体育・体操、スポーツのそれと、古来からの東洋心身思想・操作とは、それこそ木と竹ほどの違いがあります。

 まぁ~、どれが木か? 竹なのか?は、不明ですがね!

 そのために、既存の空手道場などでの練習体系を完全に捨て去り、文字通り一(いち)から、あるいはゼロから・・・、自分で練習体系・システムを構築しました。

 このゼロからの構築における段階で、弊会の世界総本部道場の弟子たちに、その要旨を説明した時に・・・。

 一人の黒帯の弟子が・・・、「シハン(=これワタクシのことです)、これは

       ゼロからでは無く、

 マイナス百五十年からの出発です!

 ね!? 」っと呟きました。

 その当時は、構築の段階は、わたくし自身が試行錯誤の繰り返しであり・・・。指導に関しては、文字通り朝令暮改の有様でした。

 その為もあって、弟子たちの技量も拙い(っというか、ゼロに近い)状態でした。

 しかし、「嗚呼~、分かってはくれているな!」っとの感激は、ありましたね。

 武術として伝承された沖縄空手の再興を目指すならば、その根本である、東洋の心身思想・操作を、己のものとしなければなりません。

 それには、百五十年以前に喪失された沖縄、日本、東洋の心身思想・操作を(再)構築し、かつ道場における最初の一歩、あるいは一手一足をすべて、その心身思想・操作に沿ったもので無くてはならない! っということです。

国際沖縄空手道 無想会 International Okinawa Karate-do Muso-kai